ワカメチワワの司法試験ブログ

予備ルートからの合格者のチワワが受験生時代の遺産を残していきます

民事訴訟における相殺の抗弁

 相殺の抗弁についての判断については,理由中の判断であったとしても既判力が生じるとされている(114条2項)ことから,様々な場面で特殊な扱いを受けることがあるのは皆さんご承知のとおりだと思います。私自身は,訴訟において相殺の抗弁を主張したことは一度しかありませんが,司法試験等では頻繁に出てくる重要な抗弁の一つですね。今回は,その相殺の抗弁についてダラダラと書き連ねていきます。

 1 相殺の再抗弁の適法性

 相殺の抗弁に対する「相殺の再抗弁」は認められないというのが判例だとされていますが,この押さえ方では不十分です。

 最判平成10年4月30日は,①訴訟外において既に相殺の意思表示がなされていた場合と,②訴訟上で相殺の抗弁に対する再抗弁として相殺の意思表示がなされた場合に区別して判断しています。

 受験生時代に私の周りの受験生が用いていた理由付けは,「相殺の抗弁に対して相殺の再抗弁が提出されると,仮定の上に仮定が積み重ねられてしまい,当事者間の権利関係の不安定を招き,審理も複雑化してしまう」というものでした。その理由づけ自体は,平成10年最判も述べているところなのですが,この理由付けは訴訟外において既に相殺の意思表示がなされていた場合には妥当しません

 訴訟外において相殺の意思表示がなされていた場合には,既に相殺の実体法上の効力が確定的に生じているのであって,これを相殺の抗弁に対する再抗弁として主張したとしても,仮定の上に仮定が積み重なることにはなりません。言ってみれば,訴訟外における相殺の意思表示を「相殺の再抗弁」として主張するということは,被告が相殺の抗弁に供した自働債権について「弁済の再抗弁」を主張することと何ら変わりがないのです。

 そのため,訴訟外で相殺の意思表示がなされたという場合であれば,相殺の再抗弁も許されることになります。

 2 相殺の抗弁に対する判断に既判力が生じない場面

 これは私自身も根拠となる文献は見つけられていない問題なので,設例を用いてみなさんに問題提起させていただき,私見を述べるにとどめます。

 設例

 Xを売主,Yを買主とする売買契約が締結されたが,Yが一向に売買代金を支払わないので,XがYに対して解除に基づく原状回復請求として目的物返還請求訴訟を提起したという場面を考えてみましょう。
 この訴訟において,Yは,売買代金債権を受働債権,YのXに対する債権を自働債権として相殺の抗弁を主張した結果,これが認められて売買代金債権全額が消滅するとします。
 このときに,相殺の抗弁についての判断に既判力は生じるのでしょうか。

  相殺の抗弁に関する判断について既判力が生じるとされているのは,仮にこれに既判力が生じないとすると,自働債権に供された債権に関する再度の訴訟を通じて判決主文における既判力ある判断が蒸し返されてしまいかねないからです。

 ところが,上記設例との関係においては,そもそも訴訟物たる権利(=解除に基づく原状回復請求権)を受働債権として相殺の抗弁を提出しているわけではなく,本来理由中の判断にとどめられるにすぎないXのYに対する売買代金債権を受働債権とする相殺の抗弁です。この場合に仮に相殺の抗弁についての判断に既判力を認めてしまうと,今度は理由中の判断に過ぎないはずの売買代金債権の存否について既判力を生じさせないと,売買代金債権に関する再度の訴訟提起を通じて既判力ある判断が蒸し返されてしまうことになります。

 ですので,相殺の抗弁の判断について既判力が生じるのは,あくまでも訴訟物たる権利を受働債権とする相殺の抗弁(及び1で述べた相殺の抗弁に対する訴訟外相殺の再抗弁)に限定され,既判力の生じない理由中判断の部分に登場するにすぎない債権との相殺の主張には既判力が生じないことになるのでしょうね。