ワカメチワワの司法試験ブログ

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司法試験平成25年度第1問(民法)設問3

今回は,司法試験の平成25年度民法設問3についてです(改正民法は特に関係ありません)。

1 事案の概要

設問3は,物上代位と相殺に関する問題について,最判平成13年3月13民集55巻2号363頁(以下,「平成13最判」といいます。)の射程を問うものでした。

本設問の事実関係は,概ね以下のような時系列をたどっています。

  • Bが,Dから融資を受け,Dに対する貸金債務を担保するためにB所有の丙建物に抵当権を設定・登記
  • Bが,Gに対し,丙建物の2階部分を賃貸・引渡し
  • 台風により丙建物の2階部分が損傷し,かつ,Bの所在が不明であったため,Gが30万円を支出して丙建物の2階部分を修繕
  • 抵当権者Dは,物上代位権民法372条・同304条1項。以下法令名略。)を行使して,弁済期到来済のBのGに対する賃料債権を差押え(差押命令送達済)
以上のような事実関係の下,D及びGは,以下のような主張・反論をしています。
【Gの主張】
Dによる抵当権に基づく物上代位権の行使としてなされた賃料90万円の請求に対し,Gは,丙建物の修繕費用30万円を差し引いた60万円についてのみ支払う(相殺の主張)
【Dの反論】
平成13最判に従えば,賃料債権との相殺はできない
本設問では,Dからの反論を踏まえた上で,Gがどのような主張をしたらよいかが問われています。

2 平成13最判の内容

本設問では,判旨のみならず,事案の概要まで示されています。そのため,事実関係の相違に基づいて判例の射程外であるとの主張を組み立てることも求められているといえるでしょう。ただ,今回は,その点には立ち入らずに,専ら判旨との関係で射程を考えてみたいと思います。

平成13最判の判旨は,以下のとおりです。

「抵当権者が物上代位権を行使して賃料債権の差押えをした後は,抵当不動産の賃借人は,抵当権設定登記の後に賃貸人に対して取得した債権を自働債権とする賃料債権との相殺をもって,抵当権者に対抗することはできないと解するのが相当である。けだし,物上代位権の行使としての差押えのされる前においては,賃借人のする相殺は何ら制限されるものではないが,上記の差押えがされた後においては,抵当権の効力が物上代位の目的となった賃料債権にも及ぶところ,物上代位により抵当権の効力が賃料債権に及ぶことは抵当権設定登記により公示されているとみることができるから,抵当権設定登記の後に取得した賃貸人に対する債権と物上代位の目的となった賃料債権とを相殺することに対する賃借人の期待を物上代位権の行使により賃料債権に及んでいる抵当権の効力に優先させる理由はないというべきであるからである。」

3 本設問における判例法理の適用の有無

⑴ 形式的な当てはめ

まず,平成13最判が定立している命題は,「抵当権者が物上代位権を行使して賃料債権の差押えをした後は,抵当不動産の賃借人は,抵当権設定登記の後に賃貸人に対して取得した債権を自働債権とする賃料債権との相殺をもって,抵当権者に対抗することはできない」というものです。

本設問では,賃借物である丙建物について修繕費用を支出したGは,賃貸人Bに対し,必要費償還請求権(608条1項)を取得しているということができます。この必要費償還請求権は,Dを抵当権者とする抵当権設定登記の後に取得した債権ですから,形式的には平成13最判の射程が及ぶようにも思えます。

⑵ 命題を導く理由との関係

もっとも,平成13最判は,理由として,「上代位により抵当権の効力が賃料債権に及ぶことは抵当権設定登記により公示されているとみることができるから,抵当権設定登記の後に取得した賃貸人に対する債権と物上代位の目的となった賃料債権とを相殺することに対する賃借人の期待を物上代位権の行使により賃料債権に及んでいる抵当権の効力に優先させる理由はない」ということを述べています。本設問の事案についてこの理由が妥当しないといえるならば,平成13最判の射程外といえる余地がでてきます。

すなわち,平成13最判の射程外であると主張したいGとしては,登記による公示の存在を前提としたとしても,抵当権設定登記後に賃貸人Bに対して取得した必要費償還請求権と,物上代位の目的となった丙建物の賃料債権とを相殺することに対するGの期待が,抵当権の効力に優先する理由を主張すべきこととなります。

⑶ 平成13最判の射程外であるとの主張

例えば,試験の現場では,以下のような点を述べることで,判例の射程外であるとの説明を加えていくことになろうかと思います。

賃借物の修繕に必要な費用は,目的物の使用収益をするために不可欠なものなので,抵当権設定登記の存在を認識したとしても賃借人において支出を余儀なくされるものである。そして,修繕費用は,本来は賃貸人の負担に帰するべき費用である(6061項本文)から,これを賃貸人の負担に帰するために,賃料債権との相殺をすることに対する期待が高いといえる。

他方,抵当権者としても,賃貸人が修繕費用を支出していた場合には相殺を認めた場合に近い経済的状況となる上,修繕により抵当不動産の価値が維持・回復される点で抵当権者にも利益でもあるから,相殺を認めることに対する抵当権者の不利益は小さい。

そのため,物上代位の目的となった賃料債権とを相殺することに対する賃借人の期待が,抵当権の効力に優先するというべきであり,平成13年最判の射程は及ばない。

 

ただ,(出題趣旨や採点実感では触れられていませんが,)以下に述べるとおり,先取特権との関係まで意識して論じることもできるのではないかと考えています(別に試験で書く必要はないと思いますが)。

賃借人が賃貸不動産の修繕費用を支出した場合,それは「不動産の保存のために要した費用」(326条)に該当しますから,当該不動産を目的とする不動産保存の先取特権が成立します。そして,この不動産保存の先取特権については,「保存行為が完了した後直ちに登記」(337条)をすることで,「抵当権に先立って行使することができる」ことになります(339条)。これは,抵当権設定登記との前後を問わずに,不動産保存の先取特権が優先するということです。

そして,先取特権の効力の1つとして物上代位権(3041項)が存在することから,目的不動産の賃料債権を対象として先取特権に基づく物上代位権を行使することができます(「目的物の……賃貸……によって債務者が受けるべき金銭」)。

そうだとすれば,本設問のGは,丙建物の修繕費用という「不動産の保存のために要した費用」(326条)を支出しているわけですから,丙建物について,必要費償還請求権を被担保債権とする不動産保存の先取特権を取得することになります。そして,Gは,これについて直ちに登記(337条)をすることで,丙建物の抵当権者Dに優先して,先取特権の効力としての物上代位権に基づき賃料債権を行使できる立場にあったといえます(339条)。賃料債権の債務者と先取特権者とが同一のGではありますが,このような場合でも通常の場合と別異に解する理由はないでしょう。

ところが,Gは,自己に対する賃料債務を目的としてわざわざ先取特権に基づく物上代位権を行使するでしょうか?(第三債務者と債権者が一致する場合の執行の可否はまた問題となりそうですが…)仮にそのような事態になったとして,Bに支払うべき賃料30万円を自らに支払うという処理になりますから,結局は相殺することになってしまいます。そうだとすれば,Gとしては,登記費用等のかかる先取特権を行使するのではなく,それと全く同様の帰結をもたらす(物上代位権行使を介在させない)単純な相殺処理によると考えるのが合理的でしょう

 

つまりはこういうことです。本来,Gは先取特権に基づく物上代位権を行使すれば抵当権者Dに優先する立場にあります。ただ,上代位権の行使をしたとしても,結局は,必要費償還請求権と賃料債務とを相殺する結果になるため,Gは(物上代位権を行使しないでする)簡易な相殺処理を選択することになります。そうだとすれば,物上代位権の行使の結果する相殺の場合と簡易な相殺処理の場合とで差を設ける必要はないでしょうから,簡易な相殺処理の場合も抵当権者に優先すると期待するのが合理的なのではないかと思います。したがって,抵当権に基づく物上代位の目的となった賃料債権と必要費償還請求権とを相殺することに対する賃借人Gの期待が,Dの抵当権の効力に優先するから,Gによる相殺の主張は認められると主張することになるだろうと。

 

このように,Gの先取特権の存在をも考慮することで,判例の射程外であるという結論を正当化することができるのではないでしょうか。私がG側の代理人であれば,このような主張を組み立ててみたいなというところです。