ワカメチワワの司法試験ブログ

予備ルートからの合格者のチワワが受験生時代の遺産を残していきます

平成30年度刑事訴訟法〔設問1〕下線部②の適法性

 久しぶりの更新です。ネタバレを含むので,平成30年度の予備試験問題はまだ考えたくないという方については,ご覧にならないでください。

 

 

 

 

 

 

 1 所持品検査の適法性の判断枠組み

 さて,平成30年度の刑事訴訟法ですが,ようやく所持品検査の問題が出題されました。一見すると簡単な問題にも思えますが,実は理論構成及び当てはめで結構差が付くであろうなかなか難しい問題だと思います。

 まず,承諾のない所持品検査について,米子強盗事件の最高裁判決(最判昭和53年6月20日)は,ざっくりと2段階の判断枠組みを述べています。

 まず,第1段階として,

 

「捜索に至らない程度の行為は、強制にわたらない限り、所持品検査においても許容される場合があると解すべきである。」

 

と述べており,いわゆる任意と強制の区別のような問題意識を示しています。

 そして,仮に,捜索や強制に至るようなものでなかったとしても,

 

「所持品検査の必要性、緊急性、これによつて害される個人の法益と保護されるべき公共の利益との権衡などを考慮し、具体的状況のもとで相当と認められる限度においてのみ、許容される」

 

としており,具体的状況下における相当性判断をすることを示しています。いわゆる任意捜査の限界のようなお話です。

 

2 最判昭和53年9月7日

 平成30年度の下線部②の行為は,おなかのあたりに何か持ってるねと言いつつ服の上から触って確認していたという前提行為を踏まえて,職質対象者の甲を背後から羽交い絞めにした上で甲の両腕を腹部から引き離すとともに,甲のシャツの中に手を差し入れてズボンのウエスト部分に挟まれていた物を取り出した,という行為です。

 この問題は,まさに第1段階目の「捜索」ないし「強制」に当たるかどうかが正面から問われたものといえるでしょう。ただ,(少なくとも私の受験生時代には)予備校によっては第1段階の判断基準の当てはめを疎かにしてしまっているものが多々ありましたので,もし今でもそうだとすれば,逆に差が付かないのでしょうか。。。

 さて,本問に関連する最高裁判例としては,最判昭和53年9月7日があります。同最判は,

 

「B巡査が被告人に対し、被告人の上衣左側内ポケツトの所持品の提示を要求した段階においては、被告人に覚せい剤の使用ないし所持の容疑がかなり濃厚に認められ、また、同巡査らの職務質問に妨害が入りかねない状況もあつたから、右所持品を検査する必要性ないし緊急性はこれを肯認しうるところであるが、被告人の承諾がないのに、その上衣左側内ポケツトに手を差し入れて所持品を取り出したうえ検査した同巡査の行為は、一般にプライバシイ侵害の程度の高い行為であり、かつ、その態様において捜索に類するものであるから、上記のような本件の具体的な状況のもとにおいては、相当な行為とは認めがたいところであつて、職務質問に附随する所持品検査の許容限度を逸脱したものと解するのが相当である」

 

と述べており,「捜索に類する行為」であるとしつつも,具体的状況における相当性を検討しています。すなわち,捜索や強制には至っていないという判断が前提にあることになります。

 捜索というのは,イメージとしては探索的な行為(何かを探す行為)をいいますので,この事案のように,「左側内ポケット」に何が入っているのかという,ピンポイントな場所に何が入っているのかを確認するという行為は,探索性に欠けるので捜索には当たりにくいでしょう。そのため,最高裁も,プライバシー侵害の程度の高さに着目しつつも,「捜索に類するもの」としており,「捜索」そのものに当たるとはしていません。

 

3 平成30年度刑事訴訟法〔設問1〕下線部②の適法性

 翻って,本問はどういう事案だったかというと,全身をくまなく確認するというものではなく,「ズボンのウエスト部分」に何が入っているのかを確認する行為なので,局所的な確認行為です。

 そのため,探索性に欠けるものとして,「捜索」には当たらないと考えられるかと思います。

 もっとも,今回は,「羽交い絞め」にするという行為をしてしまっているので,捜索に至らないとしても,「強制にわたる」行為であるとして,第1段階において違法であると結論付けることができるかと思われます。

 仮に強制にもわたらないと結論付けるということであれば,第2段階の相当性判断に移行していくことになります。

 ※(7/16 18:25)追記

 正直,「捜索」にしても全く構わない問題だと思います。本番を経験された受験生の多くは「捜索」に当たるとしていると予想しています。最高裁の考え方にはもちろん批判もあるところですので,「捜索」に当たるとして論じても,十分すぎるほどの合格点が付くと思います。やってはいけないのは,その点の検討をスルーして相当性判断に移ってしまうことです。

4 補足

 設問2では,違法収集証拠排除について問われていますね。関連する判例としては,最決平成7年5月30日があるところですが,これはまたの機会に…。

物上代位と相殺(基本),相殺権の濫用

 今回は事例問題形式にしたいと思います。

1 問題

 Aが,Bに対して融資をする際に,Bの所有する建物(以下,「本件建物」という。)を目的として,抵当権の設定を受け,抵当権設定登記手続を完了した。本件建物は,Aが抵当権の設定を受ける以前から,Bが知人のCに対して賃貸して引き渡しているものであった。また,Cは,上記抵当権が設定される以前から,Bに対して既に弁済期の到来している貸金債権を有していた。
 ところが,弁済期が到来したにもかかわらず,BはAに対して一向に返済をしなかったため,Aとしては,本件建物の賃料から弁済を受けたいと考えている。

〔設問1〕
 Aは,BがCに対して有する賃料債権を差し押さえて行使することができるか。Cからの反論も想定しつつ論ぜよ。

〔設問2〕
 仮に,Bが,Cに対して,賃料債権の他に,弁済期到来済の売買代金債権を有していた場合は〔設問1〕の場合と違いを生じるか。

2 設問1について

 設問1は典型的な問題です。本件建物の抵当権者Aとしては,物上代位権(372条・304条1項)を行使して,BのCに対する賃料債権を行使していくことが考えられます。
 賃料は,目的物たる本件建物の「賃貸」によって債務者Bが受けるべきものですから,物上代位の対象となり得ます。また,被担保債権たるAのBに対する貸金債権について債務不履行が生じていますので,抵当不動産たる本件建物の法定果実に当たる賃料債権にも抵当権の効力は及ぶことになります(371条)。そのため,抵当権者Aは,物上代位権を行使して,賃料債権を差し押さえた上で,Cに対して賃料の支払を求めていくことができます。
 これに対し,Cとしては,Bに対して有する貸金債権と賃料債権とを相殺する旨を主張すると考えられるでしょう。
 ここで,物上代位と相殺との優劣が問題となりますが,判例によれば,抵当権者が物上代位権を行使して賃料債権の差押えをした後は,抵当不動産の賃借人は,抵当権設定登記後に賃貸人に対して取得した債権を自働債権として相殺することはできません(最判平成13年3月13日民集55巻2号363頁)。もっとも,本件では,Cは,抵当権設定登記前から,Bに対して弁済期到来済の貸金債権を取得していたわけですから,相殺に対する担保的機能に対する期待を保護すべく,Cによる相殺の主張は認められることになります。
 そのため,Cが相殺権を行使してきた場合には,物上代位権に基づいて請求することはできません。

3 設問2について

 では,Bが,賃料債権の他にCに対して売買代金債権を有していたという場合はどうでしょうか?
 Bが賃料債権の他に売買代金債権を有していたような場合であっても,Cによる相殺の可否については何ら変わらないとも思えます。しかし,ここでの問題は,Cとしては売買代金債権との相殺を主張することもできるのに,わざわざAが差し押さえてきた賃料債権を受働債権として相殺することが許されてよいのかという点です。

 参考となる裁判例としては,大阪地判昭和49年2月15日金法729号33頁があります。この裁判例は,取引先が有している数口の預金債権のうちの一部が差し押さえられた場合に,銀行が差押え対象債権以外の預金債権と相殺できるにもかかわらず,あえて差押対象債権を狙い打って相殺権を行使した事案ですが,このような相殺権の行使は権利濫用として許されないとされています(いわゆる相殺権の濫用)。相殺権者としてはいずれを受働債権として相殺したとしても基本的に変わらないわけですが,仮に差押対象債権を受働債権として相殺がなされてしまうと,差押債権者としては再度債務者の有する別の預金債権を特定して差押えをしていかなければならない負担を課されてしまうため,差押債権者を著しく不利な地位に置くことになります。そのため,このような狙い撃ち相殺の事案においては,権利濫用に当たるとして相殺の主張を封じることができると考えられています。

 本件のCとの関係においても,売買代金債権との相殺ができるにもかかわらずあえて差し押さえられた賃料債権を狙い打って相殺権を行使することは,抵当権者Aとして権利行使できる対象は賃料債権のみである(全く無関係の売買代金債権には物上代位権を行使することはできない)ことを踏まえれば,相殺権の濫用に当たると考える余地があります。相殺権の濫用に当たるとすると,Aは,物上代位権を行使してCに対して賃料の支払を求めていくことができることになります。

時効完成後の債務の承認と時効援用権の喪失

 債権の消滅時効の完成後に,債務者が債務を承認した場合には,その債務者は,たとえ時効完成の事実を知らなかったとしても,もはや時効援用権を喪失するというのが最高裁判例最判昭和41年4月20日民集20巻4号702頁)の立場ですね。
 それでは,次のような場合はどうでしょうか?

 

 貸金業者のXは,Yに対して,100万円の貸金債権を有していたが,弁済期が到来してから10年以上これを取り立てることをしなかった。その後,経営難に陥ったXは,Yに対して100万円を貸し付けていたことを思い出して,Yからその返還を受けることを思いついた。
 Xは,時効の援用がなされたりすると面倒だと考え,法律に疎いYに対し,時効が完成した事実を伏せつつ,「以前貸した100万円があっただろう。とりあえず100円だけ返してくれないか。」と迫った。Yも,100円であればとこれ応じてXに100円を支払った。
 その後,Xは,Yに対し,残りの999,900円の支払いを求めて貸金返還請求訴訟を提起した。Yは,この残債務について,消滅時効を援用したいと考えている。

 

 この場合,最高裁の考え方を形式的に踏まえれば,時効完成後にYがXに一部弁済をして債務の承認をしてしまっている以上は,仮にYが時効完成の事実を知らなかったとしても,もはや時効援用権を喪失するようにも思えます。しかし,本当にそのような結論で良いでしょうか?

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 そもそも,一般的に時効援用権を喪失すると解されるのは,時効完成後に債務者が債務の承認をすることは,時効による債務消滅の主張と相いれない行為であって,債権者としても債務者はもはや時効の援用をしない趣旨であると信頼するからです。
 ところが,取引経験や法的知識において優位に立つといえる貸金業者のXが,時効の完成を知りつつ,債務者Yの法の無知につけこんで,あえて時効完成を告げないまま少額の弁済をさせたような場合には,XとしてもYが時効を援用しないとの正当な信頼を抱くとはいえないでしょう。そのため,このような場合であれば,信義則は発動せずに,Yが消滅時効を援用することはなお許されるというべきです。

 このような僅少な額の弁済を迫るということは,上記最判が出された後に,悪質な貸金業者が使った手みたいですね。しかし,裁判所がそのような姑息な手段を認めるわけはなく,下級審レベルでは僅少な額の一部弁済がなされたとしても,なお消滅時効の援用を認められています。
 信義則を根拠とした判例を持ち出す場合には,当該事案において本当に信義則が発動するのかどうかについて,判例が信義則の発動を認めた根拠が妥当するかという観点からじっくり考えるようにしたいところです。

 なお,ついでにですが,債務の承認に当たる具体的行為としては,文字どおり債務の存在を認めるという行為をした場合だけではなく,一部弁済,利息金の支払い,支払猶予の申込みがなされた場合等がある点もあわせておさえておきましょう。

刑法総論の体系の意識・詐欺罪の実行行為

 刑法各論分野で学ぶ罪を検討する際に,多くの受験生は,刑法総論の体系を意識することなく漫然と要件を検討してしまっています。逆に,合格する受験生は,意識的であれば無意識的であれ,刑法総論の体系を念頭において検討する姿勢があらわれているところです。

1 放火罪

 例えば,分かりやすいのは放火罪でしょう。建造物等以外放火罪(刑法110条1項)を念頭において考えてみましょう。

 同条項の構成要件は,①放火して,②前二条に規定する物以外の物を,③焼損し,④よって公共の危険を生じさせたこと,に加え,⑤構成要件的故意(38条1項)ですね。言われてみれば当たり前でしょうが,①放火が実行行為,②が客体(自動車など),③焼損が結果,④も一種の結果と呼んでいいでしょう,⑤はそのまま故意として整理されます。問題によっては,実行行為(①)と結果(③④)との間の因果関係を検討することまで求められますので,要注意です。

 また,無人だと思っていた家に火を放ち,火が壁などに燃え広がったところ,中に人がいたことに気がついて頑張って消火したというような場合に,中止犯を成立させる人もいます。ところが,この場合には既に焼損に至っている(=結果が発生している)ので,中止犯を成立させることはできません。言われてみれば当たり前のことばかりですが,常に刑法総論の体系には気を配るようにしましょう。

2 詐欺罪(刑法246条1項)

 詐欺罪は,欺罔行為によって,相手方を錯誤に陥らせ,瑕疵ある意思に基づいて財物の交付をさせる犯罪類型です。

 実行行為は欺罔行為,結果は財物の交付(財物の占有移転)として整理されますが,詐欺罪の想定している因果経過は錯誤に陥った相手方が瑕疵ある意思に基づいて財物を交付するというものです。

 そのため,例えば駅前でよく見かける寸借詐欺事案(「財布を家に忘れて帰れなくなっちゃったから500円貸して!必ず返すから!」というようなものです。じゃああなたはどうやってここに来たの?という感じですが,私は500円をあげてしまったことがあります。)で,詐欺だと分かりつつ憐みの情からお金を交付したという場合,交付者は錯誤に陥っていませんので,詐欺罪の想定する因果経過がない=因果関係が認められないということになります。そのため,この場合には詐欺未遂罪が成立し得るにとどまるということになります。

 なお,詐欺罪の成否を検討するに際して「財産上の損害」などという要件を持ち出す人がいますが,詐欺罪の結果はあくまでも財物の交付です。財産上の損害として従来論じられてきた問題は,基本的には欺く行為該当性=実行行為性の問題として検討されるべきことになります。

 従来,未成年者が年齢を偽ってコンビニでお酒を買う行為について,詐欺罪は成立しないとされてきました。その結論自体の当否はさておき,この結論を正当化する理論構成として「お金を払っているんだから店側に財産上の損害が発生していない」という論法をする人がいますが,それには非常に違和感があります。仮に財産上の損害などという構成要件を設けるのであれば,それは結果要件に位置付けられることになります。仮にそうだとすると,欺罔行為(=実行行為)はあるけど財産上の損害(=結果)が不発生という場面となり,詐欺未遂罪が成立することになるはずです。もし上記場面において詐欺罪の成立を否定したいのであれば,結果要件ではなく実行行為性を否定していくほかありません。

 最決平成22年7月29日刑集64巻5号829頁バンクーバー航空事件)は,「搭乗券の交付を請求する者自身が航空機に搭乗するかどうかは,本件係員らにおいてその交付の判断の基礎となる重要な事項であるというべきであるから,自己に対する搭乗券を他の者に渡してその者を搭乗させる意図であるのにこれを秘して本件係員らに対してその搭乗券の交付を請求する行為は,詐欺罪にいう人を欺く行為にほかならず,これによりその交付を受けた行為が刑法246条1項の詐欺罪を構成することは明らかである。」として詐欺罪の成立を肯定しており,実質的な財産上の損害云々については一切言及していません。

 財産上の損害が生じるかどうかという話は,あくまでも欺く行為(財物の交付の判断の基礎となる重要な事項について欺罔する行為)に当たるかどうかを判断する一つのメルクマールに過ぎないことになります。財産上の損害につながるような点に関して欺罔する行為であれば,重要事項についての欺罔行為に当たってくるのが通常でしょう。また,財産上の損害につながるような欺罔行為でなくても,財物の交付の判断の基礎となる重要事項について欺罔しているなら,なお詐欺罪にいう欺く行為に当たり得ます。上記平成22年最決の事案は,代金は払っているので直接的には財産上の損害につながるわけではない事案ですが,航空機に搭乗するのが交付相手なのか他の人なのかは,航空機の運航の安全や不法入国防止といった観点から搭乗券の交付するか否かを決する上で重要な事項であるとして詐欺罪の実行行為性が肯定され,詐欺罪の成立が肯定されています。

裁判上の自白の効力

1 裁判上の自白の効力

 裁判上の自白については,裁判所拘束力,証明不要効,撤回禁止効という各効力が生じることは,ほとんどの受験生がおさえているところかと思います。
ところが,自白の撤回の可否が問われた時に,裁判上の自白の効力について答案上でいざ説明しろといわれた時には,少なくない受験生が破滅的答案を作ってしまうのではないでしょうか。
 自白の撤回禁止効について説明するときに,多くの受験生が「禁反言の法理・自己責任から自白の撤回は認められない」と書いてしまう傾向にあるようです。
しかし,平成23年度司法試験の民事訴訟法の採点実感では,次のように述べられています。
 

 「事実の自白の撤回制限効の根拠については,禁反言に言及するだけの答案が多く,中には「禁反言と自己責任である」とするなど,抽象的な用語のみから説明する紋切り型の答案も相当数あり,事実の自白の裁判所に対する効力から丁寧に論じている答案は少なかった。」
 

 この採点実感からも読み取れるように,裁判上の自白の効力について論じる際には,「裁判所に対する効力から丁寧に論じる」ことが重要になります。
 すなわち,裁判上の自白が成立すると,①裁判所は,当事者間に争いのない事実をそのまま判決の基礎としなければならない(第2テーゼ)という拘束力を受けることになります。
 そうすると,裁判所は自白に係る当該事実につきそのまま判決の基礎としなければいけない以上,当該事実につき当事者が立証することは不要となります。そのため,②当該事実について証明不要効(民事訴訟法179条)が生じることになります。
 そして,そのような証明不要効が生じる以上,相手方当事者としても当該事実につき証明することは不要であるとの信頼を抱くことになります。そこで,③このような相手方の信頼を保護するために,自白の撤回は原則として禁じられることになります。
 学説においては第2テーゼから論じることは不要だとかいろんな考え方があったりしますが,ひとまずはこの流れで書いていけば問題ないでしょう。

 

2 撤回が許される場面

 以下の3つの場面において,自白の撤回が許されると解されています。それぞれの根拠を簡単に見てみましょう。

① 相手方の同意がある場合

 不可撤回効の根拠が,不要証に対する相手方の期待を保護する点にあったわけですから,その相手方の同意があるような場合であれば,撤回が認められることになります。

② 刑事上罰すべき他人の行為により自白がなされた場合

 このような場合には再審事由(同338条1項5号)に当たることになります。そうすると,判決確定後において再審が認められてその中で自白の撤回に相当する行為をなし得るのですから,判決確定前に同一訴訟手続内で自白の撤回を認めていくことが紛争の一回的解決に資するところですし,適正手続の観点からも妥当といえます。そのため,当該訴訟手続内において自白の撤回が認められます。

③ 自白が真実に反し,かつそれが錯誤による場合

 これは一番問題が多いところです。なぜこのような場合に撤回が認められるのかは諸説あるところでしょう。実体的真実に基づく裁判がなされるべきという要請からすれば,反真実かつ錯誤の場合には,撤回が認められて然るべきでしょう。他方で,撤回を認めると不要証であると信じた相手方の地位が害されかねません。

 つまるところ,実体的真実の反映要請と相手方の信頼保護との利益衡量から考えていくほかないのですが,訴訟行為の撤回が原則として自由であることからすれば,錯誤要件を課すことにより撤回を認めていくのでしょう。ただし,自白者の錯誤が重過失に基づくような場合には,なお相手方の信頼保護要請が上回ると考えて,撤回を認めないという考え方もあり得るでしょう。

 

 ちなみにですが,裁判上の自白の効力として導かれる撤回禁止効が解除されて撤回できる場面であったとしても,そのような撤回が時機に後れた攻撃防御方法の却下(同157条)の対象となり得る点には注意を要しますので,念のため。

解除に関する諸問題

 解除については,債権法改正でも大きく議論されたところでもあり,多くの問題点があるところです。気にしないと気にならないいくつかの点に触れていきたいと思います。

1 債務者の帰責性要件の要否

 債務不履行解除をするために,現行民法では債務者の帰責性が必要とされて(解されて)います。しかし,改正後の民法によれば,債務者の帰責性がなかったとしても,解除が可能となります。解除制度は,あくまでも債務者の責任追及の手段ではなく,契約の拘束力から債権者を解放させるための手段だからです。

 現行法のもとにおいては,543条は明確に債務者の帰責性を解除のための要件(正確には履行不能が不可抗力によるものであることを主張立証することで解除の主張を妨げることができる)と位置付けているのに対し,541条は債務者の帰責性要件を課してはいません。現行法のもとにおいても,改正法を見据えれば,帰責性は不要と解することもできるかと考えられます(現にそのような見解も有力かと思われます)。

 こうして改正民法に言及すると,改正民法の解説でもしたい気分になりますね。

2 545条1項ただし書の適用要件

 545条1項ただし書については,その法的性質もあわせて様々な問題をはらんでいるところです。「第三者」の意義については皆さんおさえているとおりだと思いますが,「第三者」として保護されるための要件として,権利保護要件説と対抗要件説とが対立しています。私個人としては(基本的には)対抗要件説に依るのですが,受験生のほとんどは権利保護要件説で書くのだと思いますので,権利保護要件説から生じる問題についてです。

 第三者が不動産に関する所有権を解除前に取得しようとしたという場合には,権利保護要件として登記具備を要すると解されています。それでは,動産の場合はどうでしょうか?

 定説はないのでしょうが,ここはおそらく即時取得の場合の「占有を始めた」要件と似たように考えるべきところかと思います。すなわち,何ら帰責性のない解除権者の犠牲の下で第三者を保護すべきなのですから,解除権者を犠牲にしてもよいほどの保護要件を備えていなければならないはずです。そのため,権利保護要件説からは,占有改定のような観念的な引渡しでは足りず,現実の引渡し等の解除権者を犠牲にしてもよい程度の占有を取得している必要があると考えられます。

 よくよく考えると難しい問題ですし,権利保護要件の何たるかを深く考えていくと,受験界一般で出回っている旧司法試験平成20年度第1問の設問1の答案例は間違っている気がしてならないのは独り言にとどめておきます。

 

 そういえばまだ刑事訴訟法行政法について記事を書いていませんので,そろそろこの両科目にも手を出していきます。

会社法423条1項に基づく損害賠償請求権の譲渡

 ここ最近なんだか会社法だらけになってしまっている気がしますが,例によって考えてみましょう。

 

 A社の取締役であるYの任務懈怠責任を追及するために,A社の株主Xが株主代表訴訟を提起しようとしているとします。この状況下において,A社は,A社がYに対して有する損害賠償請求権を他に譲渡することができるでしょうか?

 

 まずは,原則論を積み上げていく姿勢が重要です。民法上債権の譲渡は自由なのですから(民法466条参照),損害賠償請求権を譲渡することはできるのが原則ですよね。そして,会社法上も,かかる債権譲渡について特段規制しているわけではありませんから,A社による債権譲渡は原則として問題がないとも思われます。
 ところが,常にこの原則を常に貫くとどうでしょうか。例えば,A社が,Yと親しい者にYに対する損害賠償請求権を譲渡するとなると,当該請求権は結局行使されないことになってしまうことにもなりかねず,実質的に取締役Yの責任を免除したのと同様の結果がもたらされかねません。このような結論を認めることは,会社法が役員等の責任の免除について厳格な規制(会社法425条ないし同427条)を設けている趣旨を没却することにもなるでしょう。
 そこで,取締役に対する責任追及を回避する目的で損害賠償請求権を譲渡するような場合には,当該債権譲渡は会社法425条ないし427条の法意から無効と解すべきでしょう。東京地判平成17年5月12日金法1757号46頁も同趣旨の判示をしており,さらには代表訴訟の提起が予定されているにもかかわらず損害賠償請求権を譲渡したような場合には,特段の事情のない限りは上記目的が推認されるとしています。

 

 責任の免除関係の話については,(特に論文試験との関係においては)おざなりになりがちですが,このような重要な裁判例もあるところですので,今一度確認してみると良いと思います。