ワカメチワワの司法試験ブログ

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抵当権に基づく妨害排除請求

【設例】

Aは,Bに対して5000万円を融資するにあたり,Bの所有する甲土地について抵当権の設定を受け,その旨の抵当権設定登記手続を完了した。甲土地上には,抵当権設定時から,石灯籠(甲土地の従物に当たるもの)が設置されていた。

その後,Bは,その石灯籠をCに対して売却し,引き渡した。

この事例において,抵当権者Aは,Cに対し,石灯籠を甲土地上に返還するよう求めることができるか。

1 請求の根拠

抵当権者Aは,抵当権に基づく妨害排除請求として,土地上への石灯籠の返還請求をすることになります。抵当権は非占有担保であって,占有を観念することができない権利ですので,返還請求ではない点に注意が必要です。

 

2 請求原因

上記のような請求が認められるためには,①抵当権の存在,②抵当権に対する妨害が必要となります。

① 抵当権の存在

具体的には,①については,Aが甲土地の抵当権者であって,かつ,石灯籠について抵当権の効力が及んでいたことを主張・立証していくことになります。なお,抵当権の効力が及ぶ「付加して一体となっている物」(370条)には,経済的に一体となっている従物のようなものも含まれる点は,基礎的な部分かと思いますので,説明を省略します。

② 抵当権に対する妨害

次に,②については,どのような場合に抵当権に対する妨害といえるのかを検討する必要があります。

まず参考となるのは,最判平成11年11月24日民集53巻8号1899頁(以下,「平成11年最判」)と,最判平成17年3月10日民集59巻2号356頁(以下,「平成17年最判」)です。

⑴ 平成11年最判

平成11年最判は,三者抵当不動産を不法占有している事案に関して,三者抵当不動産を不法占有することにより,抵当不動産の交換価値の実現が妨げられ,抵当権者の優先弁済請求権の行使が困難となるような状態があるときは,抵当権に基づく妨害排除請求として明渡請求等をすることができるとしています。

平成11年最判は,抵当権が目的物の交換価値を把握する担保物権であるという性質に着目して,かかる交換価値の実現が妨げられるような状態をもって,抵当権に対する妨害状態とみているようです。

⑵ 平成17年最判

他方で,平成17年最判は,抵当権設定者が第三者に対して抵当不動産の占有権原を設定した事案に関して,上記のような交換価値の実現が妨げられるような状態のみならず,占有権原の設定に抵当権の実行としての競売手続を妨害する目的が認められる場合に,抵当権に基づく妨害排除請求として明渡請求を認めています。

抵当権設定者自らが占有権原を設定した事案に関する平成17年最判は,不法占有事案に関する平成11年最判と異なり,競売妨害目的をも要求していることが分かります。裏を返せば,競売妨害目的なく,通常の使用収益目的をもってして第三者抵当不動産を賃貸することは,抵当権に対する妨害とはなりません

⑶ 両最判を踏まえた抵当権に対する妨害の考え方

いかなる事実をもって抵当権に対する妨害状態を認めるに足りる請求原因とするのかについては,(私見は持ち合わせているものの)正直私には分からないのですが,要件事実論を無視して考えたときには,以下のようなことがいえると考えられます。

抵当権は,そもそも抵当権者に目的物の占有を移転しない担保物権であって,抵当権設定者は,目的物の使用・収益をすることができるのが原則です。そうすると,設定者による目的物の通常の使用・収益によって,抵当不動産の交換価値が低下するおそれが生じたとしても,これをもって直ちに抵当権に対する妨害ということはできないのでしょう。

他方で,平成11年最判が「抵当不動産の所有者は、抵当権に対する侵害が生じないよう抵当不動産を適切に維持管理することが予定されている」と述べるように,抵当権設定者は,抵当権者に対し,抵当不動産を適切に維持管理する義務を負っています。そうだとすれば,交換価値の実現が妨げられるような状態に加えて,「抵当不動産の適切に維持管理」しているとは評価しがたい状況に至っているのであれば,抵当権に対する妨害状態と評価することができるのでしょう。平成11年最判では,不法占有されているのに占有を排除しようとしなかったことが,平成17年最判では,通常の使用収益目的とは異なり,競売妨害目的をもって占有権原を設定したことが,「抵当不動産の適切に維持管理しているとは評価しがたい状況」ということになります。

このように考えてみると,目的物の通常の使用収益の範囲内の行為であれば,「抵当不動産の適切に維持管理しているとは評価しがたい状況」とまではいえず,抵当権に対する妨害とはならないことになると解することができます。

⑷ 設例との関係

例えば,抵当不動産林業に用いられている土地(山林)であって,生育している立木を伐採して売却・搬出することは,抵当不動産たる山林の通常の使用収益の範囲内の行為と評価することができる場面があるでしょう。そうだとすると,そのような場面においては,そもそも抵当権に基づく妨害排除請求として,伐木の返還請求をすることはできないことになります。

他方で,設例のような石灯籠の売却については,土地の通常の用法と評価できる場合は少ないでしょうから,基本的には通常の使用収益の範囲外の行為となるでしょう。そして,これによって,抵当不動産の交換価値の実現が妨げられるような状態が生じているのであれば,抵当権に対する侵害と評価することができることになります。

 

3 Cからの反論

これに対して,石灯籠の引渡しを受けたCとしては,

  1. 抵当不動産からの搬出によってもはや抵当権の効力は及ばなくなっている(いわば抵当権喪失の主張)
  2. 即時取得(192条)によって抵当権の負担のない石灯籠を取得した
  3. 抵当不動産から搬出された以上は,もはや抵当権設定登記がないのと同様の状態なのだから,抵当権の効力を対抗することができない

等の反論をすることが考えられるでしょう。

① 抵当権喪失の主張

所有権の喪失になぞらえて抵当権喪失と書きましたが,なんとなく切断といった方がしっくりくる場面ではあります。

この主張は,抵当不動産からの搬出後にはもう抵当権の効力は及ばないんだという主張になりますが,この点については,最判昭和57年3月12日民集36巻3号349頁を参照する必要があります。

昭和57年最判は,工場抵当法2条により工場に属する土地建物とともに抵当権の目的とされた動産については,即時取得されない限り,搬出された目的動産を工場に戻すよう請求することができるとしています。ただ,工場抵当法は,5条において,搬出された物について明文で追及効を認めているので,そのような規定に欠ける民法においては別途解釈の必要性があるでしょう。

もっとも,学説上も,民法上においても,搬出後も抵当権の効力が及ぶという考え方が通説になっているかと思います。

そのため,抵当不動産からの搬出後であっても,抵当権の効力が及ぶということ自体は争うことが難しいのでしょうから,通説に従えばCの反論①は認められないことになるでしょう。

② 即時取得による抵当権喪失(切断)

抵当不動産からの搬出後であっても抵当権の効力が及ぶとしても,即時取得によって抵当権の負担のない所有権を取得したという反論はあり得るでしょう。

もっとも,BC間の売買契約締結時に石灯籠が抵当地の上に存していたような場合には,Cは抵当権設定登記を容易に確認することができ,これにより石灯籠に抵当権の効力が及ぶことを認識しえた地位にあるということもできるでしょうから,無過失の推定が覆されることになると考えられます。

他方,搬出後に売買契約を締結した場合には,そもそもどの土地の上にあった石灯籠なのかも分からなくなるのでしょうから,登記の確認も困難であって無過失の推定は覆されない方向に傾きます。

③ 抵当権の効力を対抗できないとの反論

仮に,Cに過失が認められて石灯籠の即時取得が認められないとしても,抵当権の効力を対抗することができないとの反論をすることになると考えられます。これに関して押さえておかなければならないのが,前掲昭和57年最判の射程です。

⑴ 昭和57年最判の射程

昭和57年最判は,抵当権者は,工場抵当法2条に基づき工場に属する土地建物とともに抵当権の目的とされた動産が工場から搬出されたとしても,第三者即時取得するまでは,第三者に対して動産を工場に戻すことを請求することができるとしています。そのため,昭和57年最判の射程が及ぶのであれば,抵当権の効力を対抗し続けることができることになります。

しかし,注意を要するのは,工場抵当法は,3条において,工場に設定する抵当権については,抵当権設定登記申請時に工場に備え付ける機械等の目録(機械器具目録)を提出しなければならないとされ,これが抵当権設定登記の登記事項となっているということです。しかも,工場抵当法5条は,「抵当権ハ第二条ノ規定ニ依リテ其ノ目的タル物カ第三取得者ニ引渡サレタル後ト雖其ノ物ニ付之ヲ行フコトヲ得」と定めて,搬出後も抵当権の効力を対抗し続けることを前提としています。

そのため,民法には工場抵当法5条のような規定がなく,「付加して一体となっている物」についての登記による公示もない以上は,昭和57年最判の射程は,民法上の「付加して一体となっている物」の場合には及ばないと解することになるでしょう。

⑵ 民法上の「付加して一体となっている物」の場合

設例の石灯籠のような,民法上の「付加して一体となっている物」については,いわゆる公示の衣の考え方が有力に唱えられています。

すなわち,抵当権は不動産を目的とする担保物権である以上,抵当権の設定は「不動産に関する物権の得喪及び変更」(177条)に当たり,登記による公示が予定された担保物権ということになります。

そして,「付加して一体となっている物」が抵当不動産上に存在する場合には,抵当不動産の抵当権設定登記という公示の衣に包まれていることになるので,「付加して一体となっている物」についても抵当権の効力を対抗することができると解することになります。

他方で,抵当不動産から搬出された後は,もはや公示の衣に包まれている状態とはいうことができませんから,当該搬出物について「登記」がない状態ということになります。そのため,当該搬出物についての抵当権の効力は,「第三者」(177条)に対抗することができないことになります。裏を返せば,「第三者」に当たらないと解されている背信的悪意者のような者に対しては,搬出後であっても抵当権の効力を対抗することができるということです。

⑶ 設例の場合

仮に,石灯籠の搬出後にBC間で売買契約が締結されており,しかもCによる即時取得が否定された場合には,Cが背信的悪意者に当たるような事情がない限りは,登記の欠缺を主張する正当な利益を有するとして,177条の「第三者」に当たることになるでしょう。

他方で,石灯籠の搬出前にBC間で売買契約が締結されていた場合はどうでしょうか。この場合,既に搬出されている以上は,もはや抵当権の効力を対抗することができないと考えることになるのでしょうか。

この場合,Cは,売買契約締結時には石灯籠の抵当権の効力を対抗された立場にあるわけです。それにもかかわらず,その後に石灯籠を搬出した上で公示の衣から出た以上は抵当権の効力を対抗できないと主張することは,許されるべきではないように思います。このような結論が許されるべきではないと考えるのであれば,Cは,抵当権設定登記の欠缺を主張する正当な利益を有しないということになり,「第三者」には当たらないという説明をしていくことになろうかと思います。