ワカメチワワの司法試験ブログ

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物上代位と相殺(基本),相殺権の濫用

 今回は事例問題形式にしたいと思います。

1 問題

 Aが,Bに対して融資をする際に,Bの所有する建物(以下,「本件建物」という。)を目的として,抵当権の設定を受け,抵当権設定登記手続を完了した。本件建物は,Aが抵当権の設定を受ける以前から,Bが知人のCに対して賃貸して引き渡しているものであった。また,Cは,上記抵当権が設定される以前から,Bに対して既に弁済期の到来している貸金債権を有していた。
 ところが,弁済期が到来したにもかかわらず,BはAに対して一向に返済をしなかったため,Aとしては,本件建物の賃料から弁済を受けたいと考えている。

〔設問1〕
 Aは,BがCに対して有する賃料債権を差し押さえて行使することができるか。Cからの反論も想定しつつ論ぜよ。

〔設問2〕
 仮に,Bが,Cに対して,賃料債権の他に,弁済期到来済の売買代金債権を有していた場合は〔設問1〕の場合と違いを生じるか。

2 設問1について

 設問1は典型的な問題です。本件建物の抵当権者Aとしては,物上代位権(372条・304条1項)を行使して,BのCに対する賃料債権を行使していくことが考えられます。
 賃料は,目的物たる本件建物の「賃貸」によって債務者Bが受けるべきものですから,物上代位の対象となり得ます。また,被担保債権たるAのBに対する貸金債権について債務不履行が生じていますので,抵当不動産たる本件建物の法定果実に当たる賃料債権にも抵当権の効力は及ぶことになります(371条)。そのため,抵当権者Aは,物上代位権を行使して,賃料債権を差し押さえた上で,Cに対して賃料の支払を求めていくことができます。
 これに対し,Cとしては,Bに対して有する貸金債権と賃料債権とを相殺する旨を主張すると考えられるでしょう。
 ここで,物上代位と相殺との優劣が問題となりますが,判例によれば,抵当権者が物上代位権を行使して賃料債権の差押えをした後は,抵当不動産の賃借人は,抵当権設定登記後に賃貸人に対して取得した債権を自働債権として相殺することはできません(最判平成13年3月13日民集55巻2号363頁)。もっとも,本件では,Cは,抵当権設定登記前から,Bに対して弁済期到来済の貸金債権を取得していたわけですから,相殺に対する担保的機能に対する期待を保護すべく,Cによる相殺の主張は認められることになります。
 そのため,Cが相殺権を行使してきた場合には,物上代位権に基づいて請求することはできません。

3 設問2について

 では,Bが,賃料債権の他にCに対して売買代金債権を有していたという場合はどうでしょうか?
 Bが賃料債権の他に売買代金債権を有していたような場合であっても,Cによる相殺の可否については何ら変わらないとも思えます。しかし,ここでの問題は,Cとしては売買代金債権との相殺を主張することもできるのに,わざわざAが差し押さえてきた賃料債権を受働債権として相殺することが許されてよいのかという点です。

 参考となる裁判例としては,大阪地判昭和49年2月15日金法729号33頁があります。この裁判例は,取引先が有している数口の預金債権のうちの一部が差し押さえられた場合に,銀行が差押え対象債権以外の預金債権と相殺できるにもかかわらず,あえて差押対象債権を狙い打って相殺権を行使した事案ですが,このような相殺権の行使は権利濫用として許されないとされています(いわゆる相殺権の濫用)。相殺権者としてはいずれを受働債権として相殺したとしても基本的に変わらないわけですが,仮に差押対象債権を受働債権として相殺がなされてしまうと,差押債権者としては再度債務者の有する別の預金債権を特定して差押えをしていかなければならない負担を課されてしまうため,差押債権者を著しく不利な地位に置くことになります。そのため,このような狙い撃ち相殺の事案においては,権利濫用に当たるとして相殺の主張を封じることができると考えられています。

 本件のCとの関係においても,売買代金債権との相殺ができるにもかかわらずあえて差し押さえられた賃料債権を狙い打って相殺権を行使することは,抵当権者Aとして権利行使できる対象は賃料債権のみである(全く無関係の売買代金債権には物上代位権を行使することはできない)ことを踏まえれば,相殺権の濫用に当たると考える余地があります。相殺権の濫用に当たるとすると,Aは,物上代位権を行使してCに対して賃料の支払を求めていくことができることになります。