ワカメチワワの司法試験ブログ

予備ルートからの合格者のチワワが受験生時代の遺産を残していきます

時効完成後の債務の承認と時効援用権の喪失

 債権の消滅時効の完成後に,債務者が債務を承認した場合には,その債務者は,たとえ時効完成の事実を知らなかったとしても,もはや時効援用権を喪失するというのが最高裁判例最判昭和41年4月20日民集20巻4号702頁)の立場ですね。
 それでは,次のような場合はどうでしょうか?

 

 貸金業者のXは,Yに対して,100万円の貸金債権を有していたが,弁済期が到来してから10年以上これを取り立てることをしなかった。その後,経営難に陥ったXは,Yに対して100万円を貸し付けていたことを思い出して,Yからその返還を受けることを思いついた。
 Xは,時効の援用がなされたりすると面倒だと考え,法律に疎いYに対し,時効が完成した事実を伏せつつ,「以前貸した100万円があっただろう。とりあえず100円だけ返してくれないか。」と迫った。Yも,100円であればとこれ応じてXに100円を支払った。
 その後,Xは,Yに対し,残りの999,900円の支払いを求めて貸金返還請求訴訟を提起した。Yは,この残債務について,消滅時効を援用したいと考えている。

 

 この場合,最高裁の考え方を形式的に踏まえれば,時効完成後にYがXに一部弁済をして債務の承認をしてしまっている以上は,仮にYが時効完成の事実を知らなかったとしても,もはや時効援用権を喪失するようにも思えます。しかし,本当にそのような結論で良いでしょうか?

*****

 そもそも,一般的に時効援用権を喪失すると解されるのは,時効完成後に債務者が債務の承認をすることは,時効による債務消滅の主張と相いれない行為であって,債権者としても債務者はもはや時効の援用をしない趣旨であると信頼するからです。
 ところが,取引経験や法的知識において優位に立つといえる貸金業者のXが,時効の完成を知りつつ,債務者Yの法の無知につけこんで,あえて時効完成を告げないまま少額の弁済をさせたような場合には,XとしてもYが時効を援用しないとの正当な信頼を抱くとはいえないでしょう。そのため,このような場合であれば,信義則は発動せずに,Yが消滅時効を援用することはなお許されるというべきです。

 このような僅少な額の弁済を迫るということは,上記最判が出された後に,悪質な貸金業者が使った手みたいですね。しかし,裁判所がそのような姑息な手段を認めるわけはなく,下級審レベルでは僅少な額の一部弁済がなされたとしても,なお消滅時効の援用を認められています。
 信義則を根拠とした判例を持ち出す場合には,当該事案において本当に信義則が発動するのかどうかについて,判例が信義則の発動を認めた根拠が妥当するかという観点からじっくり考えるようにしたいところです。

 なお,ついでにですが,債務の承認に当たる具体的行為としては,文字どおり債務の存在を認めるという行為をした場合だけではなく,一部弁済,利息金の支払い,支払猶予の申込みがなされた場合等がある点もあわせておさえておきましょう。