ワカメチワワの司法試験ブログ

予備ルートからの合格者のチワワが受験生時代の遺産を残していきます

刑法総論の体系の意識・詐欺罪の実行行為

 刑法各論分野で学ぶ罪を検討する際に,多くの受験生は,刑法総論の体系を意識することなく漫然と要件を検討してしまっています。逆に,合格する受験生は,意識的であれば無意識的であれ,刑法総論の体系を念頭において検討する姿勢があらわれているところです。

1 放火罪

 例えば,分かりやすいのは放火罪でしょう。建造物等以外放火罪(刑法110条1項)を念頭において考えてみましょう。

 同条項の構成要件は,①放火して,②前二条に規定する物以外の物を,③焼損し,④よって公共の危険を生じさせたこと,に加え,⑤構成要件的故意(38条1項)ですね。言われてみれば当たり前でしょうが,①放火が実行行為,②が客体(自動車など),③焼損が結果,④も一種の結果と呼んでいいでしょう,⑤はそのまま故意として整理されます。問題によっては,実行行為(①)と結果(③④)との間の因果関係を検討することまで求められますので,要注意です。

 また,無人だと思っていた家に火を放ち,火が壁などに燃え広がったところ,中に人がいたことに気がついて頑張って消火したというような場合に,中止犯を成立させる人もいます。ところが,この場合には既に焼損に至っている(=結果が発生している)ので,中止犯を成立させることはできません。言われてみれば当たり前のことばかりですが,常に刑法総論の体系には気を配るようにしましょう。

2 詐欺罪(刑法246条1項)

 詐欺罪は,欺罔行為によって,相手方を錯誤に陥らせ,瑕疵ある意思に基づいて財物の交付をさせる犯罪類型です。

 実行行為は欺罔行為,結果は財物の交付(財物の占有移転)として整理されますが,詐欺罪の想定している因果経過は錯誤に陥った相手方が瑕疵ある意思に基づいて財物を交付するというものです。

 そのため,例えば駅前でよく見かける寸借詐欺事案(「財布を家に忘れて帰れなくなっちゃったから500円貸して!必ず返すから!」というようなものです。じゃああなたはどうやってここに来たの?という感じですが,私は500円をあげてしまったことがあります。)で,詐欺だと分かりつつ憐みの情からお金を交付したという場合,交付者は錯誤に陥っていませんので,詐欺罪の想定する因果経過がない=因果関係が認められないということになります。そのため,この場合には詐欺未遂罪が成立し得るにとどまるということになります。

 なお,詐欺罪の成否を検討するに際して「財産上の損害」などという要件を持ち出す人がいますが,詐欺罪の結果はあくまでも財物の交付です。財産上の損害として従来論じられてきた問題は,基本的には欺く行為該当性=実行行為性の問題として検討されるべきことになります。

 従来,未成年者が年齢を偽ってコンビニでお酒を買う行為について,詐欺罪は成立しないとされてきました。その結論自体の当否はさておき,この結論を正当化する理論構成として「お金を払っているんだから店側に財産上の損害が発生していない」という論法をする人がいますが,それには非常に違和感があります。仮に財産上の損害などという構成要件を設けるのであれば,それは結果要件に位置付けられることになります。仮にそうだとすると,欺罔行為(=実行行為)はあるけど財産上の損害(=結果)が不発生という場面となり,詐欺未遂罪が成立することになるはずです。もし上記場面において詐欺罪の成立を否定したいのであれば,結果要件ではなく実行行為性を否定していくほかありません。

 最決平成22年7月29日刑集64巻5号829頁バンクーバー航空事件)は,「搭乗券の交付を請求する者自身が航空機に搭乗するかどうかは,本件係員らにおいてその交付の判断の基礎となる重要な事項であるというべきであるから,自己に対する搭乗券を他の者に渡してその者を搭乗させる意図であるのにこれを秘して本件係員らに対してその搭乗券の交付を請求する行為は,詐欺罪にいう人を欺く行為にほかならず,これによりその交付を受けた行為が刑法246条1項の詐欺罪を構成することは明らかである。」として詐欺罪の成立を肯定しており,実質的な財産上の損害云々については一切言及していません。

 財産上の損害が生じるかどうかという話は,あくまでも欺く行為(財物の交付の判断の基礎となる重要な事項について欺罔する行為)に当たるかどうかを判断する一つのメルクマールに過ぎないことになります。財産上の損害につながるような点に関して欺罔する行為であれば,重要事項についての欺罔行為に当たってくるのが通常でしょう。また,財産上の損害につながるような欺罔行為でなくても,財物の交付の判断の基礎となる重要事項について欺罔しているなら,なお詐欺罪にいう欺く行為に当たり得ます。上記平成22年最決の事案は,代金は払っているので直接的には財産上の損害につながるわけではない事案ですが,航空機に搭乗するのが交付相手なのか他の人なのかは,航空機の運航の安全や不法入国防止といった観点から搭乗券の交付するか否かを決する上で重要な事項であるとして詐欺罪の実行行為性が肯定され,詐欺罪の成立が肯定されています。