ワカメチワワの司法試験ブログ

予備ルートからの合格者のチワワが受験生時代の遺産を残していきます

敷金返還請求権の発生時期【頭の体操】

 敷金返還請求権の発生時期については,民法を学習した受験生であれば誰でもおさえているところではないでしょうか。

 最判昭和48年2月2日は,目的物の明渡し時に発生すると解しており,受験生の多くもこの見解で理解しているはずです。この,誰でも理解している論点で,頭の体操をしてみましょう。

 次のような事案だったら,敷金返還請求権はいつ発生するでしょうか?

 

Aは,Bの所有する甲建物を,Bに無断でCに賃貸し,その際,Cは,Aに敷金を差し入れた。ところが,Bは,甲建物にCが居住していることを知ったため,Cに対して甲建物の明渡しを求めて訴訟を提起した。

 

 このような事案で敷金返還請求権の発生時期について問われたら,おそらくほとんどの受験生は,敷金返還請求権の発生時期について,明渡し時説を展開していくのではないでしょうか。しかし,敷金返還請求権が明渡し時に発生するとされた根拠に遡って改めて考えてみてもらいたいところです。

 「家屋賃貸借における敷金は、賃貸借存続中の賃料債権のみならず、賃貸借終了後家屋明渡義務履行までに生ずる賃料相当損害金の債権その他賃貸借契約により賃貸人が貸借人に対して取得することのあるべき一切の債権を担保し、賃貸借終了後、家屋明渡がなされた時において、それまでに生じた右の一切の被担保債権を控除しなお残額があることを条件として、その残額につき敷金返還請求権が発生するものと解すべき」である。

 ここでいう,賃貸借契約終了後明渡義務履行までに生ずる賃料相当損害金の債権というのは,目的物の所有権を侵害したことを理由として生じる不法行為に基づく損害賠償請求権等を意味するものです。

 ところが,上記事例は他人物売買の事案です。他人物売買の場合,他人物賃貸人は,明渡しが未了であったとしても,そもそも目的物の所有権を有していないのですから,契約終了後に何らかの損害を被るということはあり得ません(ただし,所有者と他人物賃貸人との間に何らかの特殊な契約等があった場合には別かもしれませんが,あくまで典型的な他人物賃貸借で考えてみます)。そうすると,上記事例においては,賃貸借終了後から明渡しまでの間に敷金によって担保されるべき債権は存在しない以上,明渡し時ではなく,賃貸借契約の終了時に敷金が発生すると解すべきです。仮に上記事案で明渡し説に立ってしまうと,(CはBに建物を明け渡すべきなのに)CがAに甲建物を明け渡さないと敷金返還請求権が発生しないと考えることにもなりかねず,結論としても妥当ではありません。

 ですので,遅くともBによる明渡請求がなされた時点で賃貸借契約が終了(AのCに対する債務が履行不能となりますね。)し,その時点で敷金返還請求権が発生すると考えることになるでしょう。

 

 見知った論点でも,事案を変えると準備していた論証を使えないということはよくありますので,論証を用いる際には,典型事案と当該事案との違いを見比べて,その理由付けが当該事案にも妥当するのかという点を常に意識しておきたいところですね。